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このブログを作成したきっかけ

こちらのページに、このブログを作成したきっかけを書いています!ぜひ、御覧ください!

生きづらさを抱えたあなたへ

2021/3/7  

生きづらさを抱えて悩んでいる方へのメッセージ 今、あなたはこのページを見つけたということは、 自分が生きづらさを抱えてい ...

このブログで伝えたいこと

私がこのブログを通して伝えたいことがあります。

それは、「自分の心と心の声を大切にしていく」ということです。

私自身が、「アダルトチルドレン」や「うつ病」「生きづらさ」を抱えて生き続けて来ました。

ですが、自分の心と心の声を大切にしていったら、「アダルトチルドレン」を克服することが出来ました。また、「うつ病」や「生きづらさ」を克服することが出来、今では、自分らしい生き方を歩んでいます。

自分が自分らしい生き方をすることが出来ました。この経験を生かして、アダルトチルドレンや自分らしい生き方、考え方などの情報を発信することが出来たらと思っています。

また、アダルトチルドレンの人ではなくても、人間関係での悩みや生き方などをも、発信していますので、ぜひご覧ください!

こう(@kou_adachiru)のプロフィール

私の今までの人生を振り返って行きたいと思います。

今となっては、自分が生きてきた過去のことやトラウマなどを、包み隠さず話せれるようになりましたが、実は、昔から話すことや過去のことを振り返るのは苦手でした。

また、私が親の支配にどっぷり浸かっていた大学中退までのこと。そして、親の支配に気づき、どうやって支配から脱却して、自分の人生を歩めることになったのかを、同時の感情や本当はこうしてほしかったという本音の気持ちを書いています。

小学生

色んな習い事をさせられていました。絵画教室、剣道、水泳などありとあらゆる習い事をし、学校から帰るのが嫌になっていました。

なぜ、こんなにも習い事をさせられていたのか。それは、父が自慢の息子として育てたかったからだと思います。

親戚の集まりや親族の集まりのときにも、息子の話を自慢気にする姿を今でも覚えています。

そして、突然に言い始めた「中学受験」いい学校に行かせることがすべてであり、学歴コンプレックスがある親は、息子を中学受験をさせることになりました。

小学4年生から、進学塾に通い、学校が終わってすぐに、塾に行く生活をし始めました。

受験に集中するために、習い事もすべてやめ、ひたすらに勉強に打ち込む生活リズムになりました。

勉強していく中で、それなりの偏差値を維持する事ができ、第一志望校を予定していた某私立の中高大までの一貫校に行こうとしており、

親も、「そこに行きなさい!」と言っていたので、ただ私は、親の喜ぶ顔がみたいために、必死に勉強をして来ましたが、

家庭の経済事情もあり、急遽、偏差値をめちゃくちゃ落として、私立でもトップの施設がある機械系に中高一貫校に行きました。

突然と進路変更を余儀なくされた時、すごくショックでした。親が「そこに行きなさい!」と言っていたので、

必死に勉強した自分が、否定されたように感じてしまいました。でも、それでも、受験は諦めず、無事に別の学校に合格をして、小学生時代が終わりました。

中学〜高校生

中学生から高校生は、学校が私立の中高一貫校の男子校に行きました。工業系の中高だったので、それほど勉強も大変ではなかったです。

学校生活は極めて順調に送ることが出来ました。友達と遊び、また、放課後はゲームセンターに通ったり、当時ブームだったモンハンとかをしていました。

今大人になって振り返ってみると学校生活は本当に順調でした。いや、順調にだったという言い方ではなくて、、順調に送りたかったから順調に振る舞っていたという表現が合っていますね。

それは家の状況が大変だったから、その大変な気持ちを紛らわすためにも、楽しい生活を送りたかったんだと思います。

振り返っても学校生活は思い出すことは出来ますが、家の状況は思い出すことが出来ません。ただ、覚えていることがあるとするならば、食事はなかったことです。

この時すでに母親はうつ病を抱えて闘病中でした。

なので、朝ごはんや学校に持っていくお弁当もなく、夕食すらもあるのかどうかという日を過ごしていました。

なので、ご飯代として、学校に行く前に机に置かれていたお金を持っていき、途中で朝ごはんやお昼ご飯を買って学校にいき、帰りには、どこか適当なファミレスや牛丼屋さんに入り、夕食を食べて家に帰っていました。

そんな6年間を過ごしていましたね。いやー、思い出せるとしたらこれだけかなー(^◇^;)思い出せないと言いつつも、学校生活はすごく楽しかったです。

学級委員をしたり、友達と遊んだりと、どこにでもいるような普通に中学生・高校生でしたよ😁

ただ、メンタル面や家族面ではすごくダークサイドでしたけどね。

大学入学〜大学 に不登校〜大学中退へ

私は、工業系大学附属の中高一貫校に行っていたので、学校の成績が悪くても、大学に行けることは約束されていました。一通りの工業系のことはしましたが、これといって「これをしたい!」というのは、ありませんでした。

正直部活も入っていなかったので、スポーツをしたいわけでもなく・・・。また、親からは大学には絶対行きなさいと常に言われ続けていたので、大学に行かないという選択は自分の中ではありませんでした。

でも、どこか心の中では、「進学について考える事が出来ない自分」と「反抗したい自分」がいましたが、

やはりここでも、親の顔色を伺ってしまい、必然と大学に行くという選択肢になりました。

だから、大学を決めるときに、「どんな大学でもいいやー」と思っていまし、大学に行けば親から何も言われることはないと思っていました。

幸いにも、学校の成績さえ良ければ、指定校推薦をもらえるというのを中学校入学時に言われたことがあるので、一応それなりの評定平均をとっていました。

そして、大学を選択する時期なったとき、中学からの親友が某理系大学に行くと知り、僕もそこでいいやーって思ってしまい、大学へ進学しました。

でも、この選択が後に、大学への不登校にと繫がります。大学に入学したとき、思ったことがあります。それは、「なんで僕は大学に行っているんだろう」と思いました。

でも、この違和感はずっと残っていながらも、学校は行っていました。

というのも、まだ私自身が親の支配にどっぷり浸かっていたので、何がなんでも大学は卒業しなければならないと思っていました。おそらくこの頃でしょうかね。

なんか自分の生活に生きづらさを感じていました。

友達を作ろうとしても、なぜかうまく作れないし、コミュニケーションを取ることが出来なかったり、周りの意見ばかりに左右され、自分の意見がわからなかった。

また、これから何をして行きたいんだと考えても、全くわからなかったんです。でも、それでも行かないといけませんでした。

それは、親に「大学に入れば、いい会社に就職できるんだから行きなさい」と言われたそのセリフで、私の存在意義を見出していたからなんです。大学に入っていい会社に就職できたら、きっと親も喜ぶだろうと。そう思い頑張っていました。

うつ病になった。

そして、そんな心の葛藤を抱えながら学校に行っていたら、少しずつ体調が悪くなっていきました。

朝起きることが出来なかったり、寝ることが出来ない。そして、同時にアトピーにも悩まされてました。

それでも最初は頑張って学校に行っていたんですが、もう大学にも行くことができなくなり、次第に引きこもるようになっていきました。

そんな姿の自分を母親がみて、母親が通っていた心療内科に連れられて行きました。「うつ病」という症状を貰いました。

最初は「うつ病」と聞いて、びっくりしました。というのも、重度のうつ病というのを、母親の姿で知っているので、「まさか自分がなるわけがない・・・」と思っていました。

ですが、病院の先生と話をしていく中で、体調が悪くなっていくことや、常に否定的な考え・自分を責めることばかり、頭がいっぱいだったことで、うつ病という診断をされたのです。

先程は、「うつ病と聞いて、まさか自分がなるわけがない・・・」と書きましたが、どこか心の中で、「安心した自分がいる」という感情がありました。なんとも不思議な感覚でしたね。

引きこもり生活・・・

うつ病になり、投薬治療をしていました。毎週精神科に通っていましたが、唯一外の世界に出るのは、通院する日だけでした。それ以外の日は、ひたすらに自分の部屋で引きこもり生活。生活リズムの昼夜逆転をし、しっちゃかめっちゃか。

そして、このときの唯一の楽しみがネットゲームでした。MMORPGをやるのが自分の楽しみの一つでした。

ゲームにログインすると誰かしらがいるし、世の中の地位や年齢も問わない世界だからこそ、色んな話をしたり、レベリングをしたりひたすらにネトゲに打ち込む生活でした。

また、ツイッターもするようになりました。寝ている以外は、ずっとタイムラインにいて、色んなツイッターの人と会話する。そんな生活リズムを送り続けていました。なんで、こんな生活をすることになったのか。それは、自分の存在というものを探し続けていたんだと思います。

家では、両親に会うと何か文句を言われたり、怒られる。それが嫌で嫌で、ネットの世界に逃げて、自分の存在を見出していたんだと思います。

引きこもりをしているのに毎日父の愚痴を聞かせられる日々・・・・

私が中学生のときから私の母は、「うつ病」を患わっていましたので、夫婦の関係というのは子供の目から見ても希薄でした。夫婦の会話というのをあまり見たことがなかったです。

そんな夫婦の関係性が希薄だったので、なぜか父の話を私が毎日聞くということが続きました。

上のところでは、あえて書いていませんでしたが、中学生のときから、父親の話を毎日のように聞いていました。学校が終わって家に帰り、部屋で勉強をしていたりゲームをしていたりしていました。まあ中学生らしい生活ですよね。


そして、夜になると父親が帰って来ます。そうすると、私の携帯の父からメールや電話で、

「下に降りてこい」と連絡が来ます。

最初の頃は、なんだろうと思っていましたが、話している内容は父親の愚痴だけでした。

仕事の愚痴だったら良いのですが、母親などの愚痴も言っていました。(いやー、今思うと、本当に機能不全家族で親子の共依存そのものだったなって思います。)

まだ子供ですから、これが親子の会話なのかなーって思っていました。ですが、あとになってからわかったのですが普通ではなかったんですよね。当時はこれが普通だと思っていたので、まさに機能不全家族そのものでした。

命の恩人との出会い

私が18歳のとき、小さい頃に親に連れられて出会ったカウンセリングの先生に、もう一度会うことになりました。

自分が生きている意味がわからない。なんで、こんな生活になったり、自分のこれからのことが全くわからない。

とりあえず、今の自分に絶望を感じていました。そして、うつ病もひどくなっていて、「自殺観念」というのに、襲われていました。

ですが、その先生に話を聞いてもらう中で、どんな姿の自分でも、「それでいいんだよ」という無条件の愛とゆるしを頂きました。

両親に対しての不平・不満を言っているのに、またどんな事を言っていたのにも関わらず、全て肯定をしてくれました。そうして関わってくれた事に、すごく私は励まされましたし、心にエネルギーを沢山もらいました。

このカウンセリングの時間が、私が唯一、ありのままの姿になることが出来た時間でしたし、このカウンセリングをしてるときが、私が両親と離れることが出来る、幸せというか安心することが出来る時間と場所でした。

今思うと、アダルトチルドレンの人って、安心できる場所ってすごく大切なんですよね。家庭は戦場のようになっているので、安心することが出来ないんです。

家を飛び出し、一人暮らしを始める

そのカウンセラーの先生のアドバイスも有り、私は住んでいた実家を強制的に離れることをしました。カウンセラーの先生曰く、「このまま実家に居たら、本当に死んじゃう」というのを感じていたみたいです。

ですが、共依存で機能不全家族から離れるって、すごく大変でした。特に、心がしっちゃかめっちゃかになりました。

だって、今まで親の喜ぶ顔が見たいために生きて来て、親に愛されたいという思いで、必死に親のために生きてきたんですから。

「それをもうしなくてもいい」「親と離れて生活をする」というのが、自分の中で、未知の領域でした。

でも、心の中では、「親と離れて生活をするなんて、僕の生きている意味はなんだ・・・?」と。

もう、まさに親の支配によって生きていた、アダルトチルドレンとのしての私です。親から離れることで、親のために生きるという役割を捨てるわけなので、「生きる意味」が全くなりなりました。

そして、家を離れて生活をすることに、一番反対をしたのは、「父」でした。

そりゃそうですよね。だって、父親自身も息子と共依存関係なので、それが息子と離れるというのは、耐えきれないことだと思います。

だから、家から出るときは、本当に父親にぶっ倒させそうな覚悟で家を出ました。家を出て、一人暮らしをすることになりましたが、すごく大変でした。

それは、支配の家から出たことで、体にいろんな身体症状が出ました。

アトピー性皮膚炎が体中に出て、ステロイドという塗り薬も効かず、めちゃくちゃ痒くて大変でした。

また、うつ病の薬が一気に増えました。安定剤、SSRI、睡眠薬が、倍近くまでに飲むことになってしまったのです。

また、うつ病の薬が一気に増えました。安定剤、SSRI、睡眠薬が、倍近くまでに飲むことになってしまったのです。

今まで、親のために生きてきた私が、突然と一人になるわけですから、

心の中には、「不安」「どうしていいのかわからない」「一人で何をすればいいんだ?」という心の問題に直面しました。

親からの支配や機能不全家族で育ってしまうと、自分の人生そのものが「親のため」です。だから、そこから抜け出した子供は、まさに、「自分の存在意義を失った」と同然なので、自分が今生きている意味というのが、わからなくなってしまうのです。

私自身もそうでした。そして、少しずつ一人暮らしを始める中で、自分の心と向き合う様になりました。それは、今までの自分の生き方から、新しい生き方へと変わっていくような感じです。

自分を生き直すことを始めた

親から離れた私は、20歳にして、ようやく自分の生き方や過去のことをしっかりと見つめる時期になりました。

カウンセリングを受けながら、そして、仕事をしながら自分のことに向き合うことをしました。

もちろん、自分ひとりで考えるなんてムリです。

まず始めたことは、自分の体に出ている身体症状がなんで、出ているのかを考える様になりました。

だから、カウンセリングを受けながら、時間をかけて見つめていきました。

アダルトチルドレンであることを知った

カウンセリングを受けたり、自分が自分のことを考えていく中で、私は、「自分がアダルトチルドレンである」ということを知りました。初めてこの言葉を聞いたとき、「アダルトチルドレン?なにそれ?」みたいに思いました。

ですが、どこか心の中で、この言葉が引っかかり、自分で勉強していく様になりました。

そして、アダルトチルドレンのチェック項目をやったりしていく中で、まさに、「アダルトチルドレンこそが私だ!」と思いました。

いやー、自分でもびっくりするぐらいに当てはまっていました💦💦

  • 自分の意見が言えない
  • 自分の好きなものがわからない
  • 自分に自信がない
  • 考え方が極端
  • 断ることが出来ない
  • 考え方(認知)が歪んでいる

と様々なアダルトチルドレンの特徴がありますが、ほとんど当てはまっていることを知りました。

いやー、辛かった。本当に辛かった。

「こんなにも自分は人と違うんだ」
「自分の家ってこんなにも悲惨だったんだ」

って様々な思いと感情がドバーッと出てきました。すごく泣いた記憶もありますし、布団から起きれないという事がありました。

ですが、心のなかで、ほっとした一面もあります。

それは、ようやく、「この僕自身の生きづらさを知ることが出来た」からです。

いつもいつも、

「コミュニケーションがうまくとれない」
「自分の意見がわからない」
「人の顔色に反応してしまう自分がいる」

というのがあり、なんでそうなってしまうのかわからなくなってしまっていたからです。

でも、アダルトチルドレンという言葉を知って、自分をより知ることが出来たので、良かったです。

自分の感情・記憶と向き合う

アダルトチルドレンということを知った私は、より自分の感情と記憶を探っていこうと思いました。

そこで、カウンセラーの先生に、

「自分の生きづらさを取り戻して生きたいです。新しい自分に生き返って行きたいです」と、涙ながらに語りました。

そして、私が、教えてもらったのは、「感情日記」「インナーチャイルド」でした。

「感情日記」とは、「ありのままの自分の感情を書く」という日記です。

そして、

「インナーチャイルド」とは、「自分の内なる子供」です。

私は、この2つを徹底的に自分に適用して行きました。

感情日記と、インナーチャイルドの詳細はこちらの記事をお読みください。ここでは、その説明を省かせていただきます。

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インナーチャイルド(内なる子供)

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毎日毎日、感情日記を書く日。そして、毎日ではないけども、自分のインナーチャイルドと向き合う日々を続けました。そうしていくことで、自分の心が癒やされて行きました。

もちろん、思い出したくない記憶や、自分でもなんでその感情が出てくるのかわからないことがあったり、あまりにもつらすぎて、自分を向き合うことを辞めた時期もあります。

だって、すぐに癒やされる・自分の生きづらさが治っていくというのは、なかったんですよね。すごく時間がかかりました。ですが、自分が自分を取り戻せるという感覚がわかって来て、続けて行きました。

自分の生きづらさが治っていくことに気づいた

「感情日記」と「インナーチャイルド」をやりつつ、カウンセリングをずっと受けて行くなかで、

自分の生きづらさが治っていくのを実感するようになれました。

アダルトチルドレンの特徴でもある、

  • 自分の意見が言えない
  • 自分の好きなものがわからない
  • 自分に自信がない
  • 考え方が極端
  • 断ることが出来ない
  • 考え方(認知)が歪んでいる

などといったことが、変わって来たんです。

自分の意見が少しずつ言える様になってきたり、自分の好きなものがわかるようになっていきました。

こればかりは、この2つとカウンセリングを受けてたことのおかげと言って良いと思います。

受け入れてもらった体験が心に響いた

私の親は、普通の親とは違う、「偏った愛」「おかしい愛」でした。

それゆえに、私自身が、愛情不足と感じてしまって、また愛着障害を起こしてしまいました。

それがあったことで、自分が親に言った言葉やまたちょっとした反抗を受け入れてもらえたという体験がありませんでした。

なので、私はカウンセラーの先生に、自分の問題や人にイライラしたこと。また、なんで自分がこんなに酷い仕打ちにあっているのかがわからなくて、その不平・不満をぶつけていました。

そして、カウンセラーの先生が、私が口に出す不平・不満をただただ、「そうだよね。」「辛かったよね」と、咎めもせず、また批判もせずに、ただ受け止めてくれました。

ただ受け止めてくれるということが、私にとって親がしてもらえなかったことであり、すごく嬉しくて、

「私のこの感情・気持ちでいいんだ」

「私のこの考えは間違っていないんだ」

と思うことが出来ました。

アダルトチルドレンである私にとって、本来なら親が子供の考えや気持ちを受け止めてくれますが、私の親はそうではなかったので、カウンセラーの先生が私の親代わりをしてくれて、私が子供頃にしたかったことを、大人になってすることが出来、この体験が私の自身にもつながっていきました。

人を愛すること、自分を愛してもいいんだと思えることが出来た

人を愛することなんて私には、死ぬまで無理だと思っていました。それは、「親が生きてきたように、自分もそう生きてしまうから」と思っていたからです。

変な愛情の家庭に育ったことで、相手にもそうしてしまうという不安や恐怖

そして、人に親の姿を重ねてしまっていたので、私は死ぬまで人を愛することなんて無理だと思っていました。

ですが、それが変わりました。人を愛する前に、まずは自分を大切にしてみようと思いました。

それが感情日記を書いて自分の感情を大切にしてみようと思ったり、また、不安な気持ち・恐怖な気持ち・過去がフラッシュバックするときに、「それでいいんだよ」と自分の心に許しの言葉をひたすらにひたらすらに、赦し続けました。

そうしていくうちに、かたくなになっていた心が、すこしずつ解れていきました。

今・・・

今、私は、自分の生きづらさを受け入れながら、またこれが自分の良いところだと思い、自分を生きています。

生きづらさを治すこともすごく大切ですが、この私の過去があるおかげで、今の私がいて、また、本業の仕事をしながらも、

プライベートでは、「アダルトチルドレンの生きづらさ」というテーマをもとにして、このサイトを運営したりしています。

私自身、未だにアダルトチルドレンの生きづらさのせいで、辛くなったり、うつ的になっていますが、

本音を言うと、この親に育ったことで、今のわたしがいますし、これも一つ私に与えられている使命なのかなって思います。

じゃないと、こうしてアダルトチルドレンのサイトを運営しようとも思わないですし、アダルトチルドレンの人たちの助けになりたいという気持ちすらも湧いて起こってこなかったと思うからです。

アダルトチルドレンの人たちは、家族に痛みを持っていて、自分がどう生きたらわからないと思います。

すごく生きづらさを抱えて、今の生活が苦しいと思ったり、人間関係でつまずきを感じたり、どうしたら楽な生き方をすることが出来るんだろうと思います。

そして、特に親に対しての気持ちもそうです。

「なんであの親は・・・・」とか、
「あなたのせいで私はこんな生きづらさを抱えて大変なんだよ!!」と思います。

当然です。

だからこそ、一緒にこのアダルトチルドレンの生きづらさをわかり合っていきましょう。

とえ、親がわからなかったとしても、私はあなたのその苦しさをわかることが出来るから・・・・

私の活動

私は、活動をお話していきたいと思います。

私は、本業の仕事をしながら、主にこのブログでの情報発信をメインにさせていただいておりますが、

個人でのカウンセリングや相談というものもしております。

  • 「アダルトチルドレンで生きづらさを抱えていてどうしていいのかわからない」
  • うつ病からどう回復していけばいいのか
  • 家族(親)との関係を修復したい。また、支配的な親からどう逃れていいのかわからない
  • 学習障害・発達障害の子どもとどう対応していいのかわからない

などと言った、相談をよくお受けしております。

私は、個人的に、カウンセリングをお受けしております。

クライエントさんには、学習障害や発達障害。また、自分の生きづらさや親との関係で悩んでいる方のカウンセリングをさせていただいております。

ですので、そういったことで、今苦しんでいる方がいましたら、下記のページを御覧ください。

カウンセリング

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はじめに 「あだちる」が提供しているカウンセリングは、インターネットを通して、スマートフォンやパソコンを通して、どこでも ...

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こう@あだちる

毒親・機能不全家族育ちのアダルトチルドレンの生きづらさを抱え、人間関係でつまずき、自分が大嫌いな私が、生きやすい人生へと変わる事ができ、本来の自分が持っている姿へ変わり、人間関係・親子関係・自分との付き合いが楽になりました。

2020年1月1日